山本小屋からゆっくりと数分歩いたところに美しの塔があります。夏の間、牛たちはこの高原で草をはんで過ごします。松本市街地から東へ30数キロ山道を登ったところにある平均高度2000メートルの高原が「美ヶ原高原」です。
初めてこの高原に登ったのはちょうど33年前のことでした。当時は下界も今より涼しかったのですが、この高原の冷涼さに文字通り目が覚めました。その日は下界は「曇り」でしたが、その日の雲より高いところに高原はありました。360度雲海が広がり、高い山だけが頂を見せています。富士山、槍ヶ岳、奥穂高岳、御嶽山、白根山...。3000メートル級の山々は、山を知らぬ僕にもすぐに見分けがつくほどでした。
山岳地帯特有の巨大な蛾におびえながら山本小屋の外に出ると、鮮明な星空が落ちてくるように迫ってきます。詩人尾崎喜八が「世界の天井が抜けたかと思ふ」と書いたのは山頂に辿り着いたときでしたが、僕はその星の数と明るさと'近さに「空の天井が抜けた」ことを実感したものです。天の川は、おそらく誰がどう見ても「川」と形容せざるを得ないほどの光点が流れています。
このたびは夜空を見ることなく下山したのが少し心残りではありました。
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